Dialogue
Want to Understand & Master the Japanese Dialogue 100%?
Get a breakdown of the dialogue and translations instantly with the Premium line-by-line Audio. Sign up for your Free Lifetime Account Now and get 7 Days of Premium Access including this feature.
1 Comment
Hide徳川家康
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人を、三大英傑と呼ぶと以前紹介しましたが、今回は三人目の英傑、家康を紹介しましょう。
家康は徳川幕府あるいは江戸幕府と呼ばれる1603年から1867年まで約260年続いた武家政権の創始者です。この政権下では、天皇から征夷 大将軍という位を与えられた者が実質的な権力を持って政治を執り行い、そしてそれは家康の子孫達に代々受け継がれました。征夷大将軍は江戸(現在の東京)に住んでいたため、当時の政治・文化の中心は江戸。この時代を江戸時代と呼びます。
では、この徳川家康、どのような人物なのでしょうか。
家康は三河国(みかわのくに・現在の愛知県)の小領主の長男として生まれます。当時小領主達は有力な大名の助けを受けねば生き伸びていけないような状況。忠誠の証として、自分の息子を有力大名に差し出すことはよくありました。家康は幼少期を戦国大名の人質として暮らします。
その後、信長と同盟を結び、徐々に信頼を勝ち得ていった家康は大大名に成長します。信長の死後、秀吉の全国統一事業に協力をし、豊臣政権下では最有力大名になります。
やがて秀吉が亡くなり、大名同士の権力争いに関が原で勝利した家康が、江戸に幕府を開いたのは、62歳の時でした。当時の平均寿命が40歳から50歳であったことを考えると、長い長い道のりを歩んでようやくつかんだ成功であることがわかるでしょう。
「鳴かぬなら 鳴くまでまとう ホトトギス」。この句は家康の人生・性格を表す句として知られています。「ホトトギス」の句は信長・秀吉のブログでも紹介しましたが、皆さんはどの句に一番共感を覚えますか。
皆さんは、信長、秀吉、家康のホトトギスの句はどれに共感を覚えますか。